半導体基板の反りの測定値から膜応力を求めるのによく使用される Stoney の式の導出をまとめました。また本理論に基づいて界面にミスフィット歪み(真性歪み)のある膜と基板の内部の歪み・応力、および、反り量を計算するエクセルシートを作成しました。
Stoney の式
基本的な導出は Timoshenko のバイメタルの式 の場合と同じですが、膜厚が基板厚よりも十分に小さく、膜中の歪み・応力が分布を持たないと仮定して導出します。
ミスフィット歪み(Misfit Strain)
拘束の無い状態で寸法差がある膜と基板を接合する場合、界面に歪み \(\varepsilon\) の不整合 \(\Delta \varepsilon\)(ミスフィット歪み)が発生します。ここでは以下のように定義します。
\[ \varepsilon_f-\varepsilon_s \equiv \Delta \varepsilon\tag{1}\]
添え字 \(f\) と \(s\) はそれぞれ膜と基板を表します。
\(\Delta \varepsilon\) の発生要因としては、2つの材料の線膨張係数差による熱歪みの差 \(\Delta \alpha \Delta T\)、半導体材料の成膜時の2つの材料の格子不整合などによる真性歪み、など、が考えられます。平衡状態では、このミスフィット歪みにより誘起される2つの材料中の応力分布による軸力と曲げモーメントがつり合う必要があります。

歪み分布
初等梁理論 に基づく式より、膜と基板の界面にミスフィット歪みがある場合、膜と基板の図心に働く軸力 \(N\) と曲率 \(\kappa\) を用いて内部の歪み分布は以下のように表せます。
\[ \varepsilon_f=\frac{N}{E_f t_f}+\kappa z\,,\hspace{20pt}
\varepsilon_s=-\frac{N}{E_s t_s}+\kappa z \tag{2}\]
ここで、\(E\) は弾性係数、\(z\) は各材料の図心から鉛直下向きの座標で、膜と基板に働く軸力がつり合うことを用いています。また、膜と基板を合わせた厚みが曲率半径 \(\rho\,(=1/\kappa)\) よりも十分小さく、両者の曲率がともに等しいと仮定しています。今、基板厚に対して膜厚が非常に小さい、\(t_f \ll t_s\) の条件では、膜中の歪みの式の曲げに起因する第2項は無視できて、以下のようになります。すなわち、膜中の歪みは分布を持たないと仮定します。
\[ \varepsilon_f=\frac{N}{E_f t_f}\,,\hspace{20pt}
\varepsilon_s=-\frac{N}{E_s t_s}+\kappa z \tag{3}\]
モーメントのつり合い
(膜ー基板)界面回りのモーメントのつり合いは、各材料の図心に働く軸力とモーメントを用いて以下のようになります。
\[\frac{N(t_f+t_s)}{2}=M_f+M_s \tag{4}\]
\(M=EI\kappa\) の関係を用いると、
\[\frac{N(t_f+t_s)}{2}=\kappa (E_f I_f+E_s I_s) \tag{5}\]
断面2次モーメントは奥行長さ1の長方形断面を仮定すると次式で与えられます。
\[I_f=\frac{t_f^3}{12}\,,\hspace{20pt}I_s=\frac{t_s^3}{12} \tag{6}\]
今、\(t_f \ll t_s\) の条件では、式 (5) 中の膜に働く軸力と曲げモーメントによる寄与は無視できて、
\[\frac{N t_s}{2}=\kappa E_s I_s \tag{7}\]
式 (6) を 式 (7) に代入して \(N\) について整理すると、
\[N=\frac{E_s t_s^2}{6}\kappa=\frac{E_s t_s^2}{6\rho} \tag{8}\]
これを膜厚 \(t_f\) で割ると膜応力が求まります。
\[\sigma_f=\frac{E_s t_s^2}{6 t_f}\kappa=\frac{E_s t_s^2}{6\rho t_f} \tag{9}\]
これが一般に Stoney の式と呼ばれるものです。導出の過程から明らかなように、基板の弾性係数しか式中に現れないため、膜の物性値が不明でも曲率半径の測定値から膜応力を求めることができます。基板寸法 \(L\) とすると、曲率半径 \(\rho\) と反り量 \(\delta\) は \(\rho=L^2/8\delta\) の関係にあります。基板上の膜のような2軸応力状態の場合は、ポアソン比 \(\nu\) を用いて各々の弾性係数を \(E_f/(1-\nu_f)\)、\(E_s/(1-\nu_s)\) と修正して使用します。
※ Stoney の元論文における導出と一見異なりますが等価なものになっています。各材料の図心に働く軸力と曲げモーメントを使用することで、よりシンプルな導出になっているように思います。
歪みの連続条件
(膜ー基板)界面での歪みの連続条件は、式 (1) と式 (3) を用いると以下のようになります。
\[\frac{N}{E_f t_f}+\frac{N}{E_s t_s}+\kappa\frac{t_s}{2}=\Delta \varepsilon \tag{10}\]
曲率と軸力
式 (8) と式 (10) を用いて未知数 \(\kappa\) と \(N\) を求めます。式 (8) を式 (10) に代入して整理すると、
\[\kappa=\frac{6E_f t_f}{t_s(4E_f t_f+E_s t_s)}\Delta \varepsilon \tag{11}\]
これを式 (8) に代入すると、
\[N=\frac{E_f E_s t_f t_s}{4E_f t_f+E_s t_s}\Delta \varepsilon \tag{12}\]
式 (11) と式 (12) を式 (3) に代入することで、膜と基板の歪み分布 \(\varepsilon_f\) と \(\varepsilon_s\) を求めることができます。膜と基板の応力分布は \(\sigma_f=E_f\varepsilon_f\) 、\(\sigma_s=E_s\varepsilon_s\) より求めることができます。
ところで、式 (11) と式 (12) は Timoshenko のバイメタルの理論 の式 (10) と式 (11) において、\(t_f \ll t_s\) として \(t_f\) に関する2 次以上の項を落とすことでも得られます。
さらに、\(E_f t_f \ll E_s t_s \) の条件では、式 (11) と式 (12) は以下のように近似できます。
\[\kappa \approx \frac{6E_f t_f}{E_s t_s^2}\Delta \varepsilon \approx 0 \tag{13}\]
\[N \approx E_f t_f \Delta \varepsilon \tag{14}\]
よって、式 (3) より、\(\varepsilon_f \approx \Delta \varepsilon\)、\(\varepsilon_s \approx 0\) となり、\(\sigma_f \approx E_f \Delta \varepsilon\)、\(\sigma_s \approx 0 \) となります。
Excel シートのダウンロード
Excel シートの説明
基板上の膜のような2軸応力状態において、膜応力から真性歪みを求めて材料中の歪み・応力分布・反り量を Stoney の式で計算するエクセルシートです。
シート “Stoney”
- C4-C5 セル:ドロップダウンリストから膜と基板材料料を選択します
- G4-G5 セル:膜と基板の厚さ μm 単位で入力します
- D8 セル:膜応力を MPa 単位で入力します
- D13 セル:基板寸法を入力します
- C17-E22 セル:膜と基板の上面・図心・下面の歪み・応力の値が出力されます
- D14 セル:反り量が出力されます

この例では、厚さ 800 μm の Si 基板上に +100 MPa (引張)の膜応力を持つ 1 μm の SiO2 が成膜されている状況を想定しています。このような \(E_f t_f \ll E_s t_s\) の状況では、\(\varepsilon_f \approx \Delta \varepsilon\)、\(\varepsilon_s \approx 0\) となり、\(\sigma_f \approx E_f \Delta \varepsilon\)、\(\sigma_s \approx 0 \) となることが分かります。
シート “Material”
シート “Stoney” 中の C4-C5 セルのドロップダウンリストで選択する材料のヤング率、ポアソン比、線膨張係数、のリストです。必要に応じて追加・修正してください。

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